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仙台高等裁判所秋田支部 昭和60年(ネ)58号 判決

控訴人

男鹿市農業協同組合

右代表者理事

佐藤巌雄

右訴訟代理人弁護士

柴田久雄

被控訴人

三浦一郎

右訴訟代理人弁護士

深井昭二

塩沢忠和

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人が、昭和五六年二月二七日被控訴人に対してなした同年三月一日から同年同月一〇日までの一〇日間の出勤停止処分は無効であることを確認する。

控訴人は被控訴人に対し五万五三一〇円及びこれに対する昭和五六年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び答弁は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、事実摘示中「パンフレット」とあるのを「ビラ」と改める。)。

一  原判決三枚目裏八行目から一〇行目にかけて「理由があるうえ……というべきである。」とあるのを、「理由があるから、右処分は懲戒権を濫用したものであって、無効であり、また後記五1ないし4記載のとおり、不当労働行為にもあたるから無効である。」と改める。

二  同五枚目表一行目の「昭和五五年一二月二九日」の次に「(予備的に昭和五五年一二月二六日)」を、同表九行目から一〇行目にかけて「同月六日」とある次に「予備的に昭和五五年一二月三一日)」をそれぞれ加える。

三  同一二枚目裏七行目に「使用者によるその妨害は組合活動への支配介入」とあるのを「使用者によるその妨害は、組合の運営に対する支配介入」と改める。

四  同一二枚目裏八行目の次に「すなわち、被控訴人は、農協労大会において課長も組合員となれるように組合規約の改訂が行なわれたので、農協労への再加入を決心し、他の役付職員に対しても加入を勧誘するため、第一次行為に及んだ。この経緯に照らすと、被控訴人の右第一次行為及びその後の第二次行為は、被控訴人において、農協労がその運営につき自主的に定めた方針を実行に移す意義を有することが明らかであるから、本件出勤停止処分は、第一次、第二次行為を問題にして不利益処分を科し、ひいては、農協労の規約改訂事項の実行を阻害するものである以上、農協労の運営に対する支配介入にあたる。

3 不当労働行為 その三

本件出勤停止処分は、被控訴人が労働組合に加入しようとしたこと及び後に労働組合に加入したことに対してなされた不利益取扱いである(労組法七条一号)。すなわち、控訴人は、被控訴人が農協労の中心的活動者であるにもかかわらず、特異の若さでスピード出世させ、総務課長に任命するや、辞令を二度も郵送するなど執拗に受諾をせまった。しかも、任命に際しては、農協労からの脱退を前提とし、脱退を非常に重要視していた。

そして、任命後初の、農協労との団体交渉においても、被控訴人の着席位置について大きな関心を寄せ、被控訴人が中間の位置に坐ろうとするや、これを許さず、結局部屋から追い出している。また、その後、被控訴人作成のビラ(〈証拠略〉)を見つけた際にも、「重大なこと」として、課長以上の全職員を召集して緊急の会議を開き、厳しく組合加入を戒めている。そればかりか、その後被控訴人を直接呼び出し、「あるいは本人が入るとなると、これは不本意ではあるけれども処分をしなければならない。」と再加入に対する処分まで示唆した。

以上のように、控訴人は、被控訴人を課長に任命した時から一貫して被控訴人の組合脱退に関心を寄せ、それを迫っていたことは明らかである。

本件出勤停止処分についても、「利益代表者の組合活動に対する制裁」は単なる名目にすぎず、その真意は、被控訴人の組合への再加入に対する制裁にほかならない。

よって、本件出勤停止処分は、組合に加入しようとし、または加入したことに対する不利益取扱いであって、不当労働行為にあたる。

4 不当労働行為 その四

本件出勤停止処分は、農協労への加入勧誘行為に対するものである。行為当時、被控訴人は形式上は農協労の組合員ではなかった。しかし、そもそも、被控訴人の農協労からの脱退は「農協労組合員としての是非について、農協労大会での討議がされるまで、とりあえず脱退する」という趣旨で脱退したものである(〈証拠略〉)。その後、組合規約の改正がなされ、すでに再加入を決意していたのであるから、右脱退届は、事実上効力を失っていたというべきである。かかる一連の経過を実質的に評価すれば、被控訴人は行為当時、実質的には組合員であったのであり、農協労への加入を勧誘する本件第一次、第二次行為は、「労働組合の正当な行為」だというべきである。」を加える。

五  同一三枚目表七行目に「2 同2は争う。」とあるのを「2 同2、3、4は争う。」と改める。

証拠の関係は、本件記録中の証拠関係目録の記載と同一であるからこれを引用する。

理由

一  控訴人が、農業協同組合法に基づき設立された法人であって、昭和四四年四月一〇日、旧脇本農業協同組合(以下「農業協同組合」を「農協」と略称する。)等六つの農協が合併して設立されたこと、被控訴人が、昭和四三年一一月、旧脇本農協の職員として採用され、その後の前記合併に伴ない、控訴人の職員となり、同五四年九月三〇日から同五五年六月三〇日まで控訴人の農産課課長補佐、同年七月一日から同五六年三月三〇日まで総務課課長職にあったこと、被控訴人が、総務課長になった当時、秋田県内の農協職員で組織する秋田県農業協同組合労働組合(以下「農協労」と略称する)の組合員であるとともに、農協労本部書記長であり、かつ、控訴人の職員で構成される農協労男鹿市分会(以下「分会」と略称する)の分会長であったが、被控訴人は、総務課長に発令された後の昭和五五年七月三一日には農協労に脱退届を提出し(同年八月二八日農協労によりこれが承認されたことは、原審における被控訴人本人尋問により認められる。)、その後、同五六年一月農協労へ加入申込みをし、同年二月四日、農協労によって加入申込みの承諾を得て組合員となったこと、控訴人が、昭和五六年二月二七日、被控訴人に対し、被控訴人には、控訴人の就業規則五五条一項三号の「正当な理由なく上長の指示に従わないとき」に該当する事由があるとして、同年三月一日から同年同月一〇日まで、一〇日間の出勤停止処分(以下「本件出勤停止処分」という)を科したが、その具体的事由は、「昭和五一年一一月一七日付控訴人と農協労間の和解協定(以下「本件和解協定」という)第一項により、控訴人の課長職は、農協労の非組合員とされているところ、被控訴人は、前記のとおり課長職にありながら、自ら農協労に加入し、かつ、被控訴人と同様非組合員とされている他の職員に対し、農協労への加入勧誘を行い、上長が右の行為をしないように数回注意を与えるもこれに従わなかった。」というものであること、控訴人が、同五六年三月一日から同年同月一〇日まで、被控訴人の就労を拒否し、かつ、同月二〇日に支給すべき賃金から、右期間中の賃金五万五三一〇円を減額し、これの支払いをしないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二1  そこで、控訴人主張の懲戒処分該当事由について検討する。

控訴人は、主位的に第一次行為、第二次行為が、その主位的主張の各日に行われた旨主張し、原審(人証略)中には、右主張に副う部分があるが、右供述部分は、(証拠略)、原審における被控訴人本人尋問に照らして措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

控訴人が予備的に主張する懲戒処分該当事由については、つぎの点については争いがない。

すなわち、(一)被控訴人が、昭和五五年一二月二六日その勤務時間中、控訴人が所有管理するコピー機械とコピー用紙を使用して職制宛の農協労への加入勧誘ビラを作成し、これを控訴人の課長、支所長、待遇職に配布したこと(第一次行為)、(二)そこで、控訴人の組合長加藤豊蔵、専務の佐藤巌雄が被控訴人を呼び、控訴人に対し、右行為は総務課長としての職責に反するので今後はやめるようにと注意を与えたこと(本件指示)、(三)ところが、被控訴人は、組合員の範囲に関する農協労の組合規約が改正されるや、同五五年一二月三一日、再度前同様の行為をしたこと(第二次行為)、以上の事実は当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人の第二次行為は、勤務時間中になされたと主張するけれども、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右行為は、年末である同五五年一二月三一日の午後に行われたものであって、慣例上勤務を要しないとされている時間帯に行われたこと、また第一次行為は、前記のとおり勤務時間中であるが、空き時間に行われたものであることが認められる。

2  そして、(証拠略)、前掲被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が、第一次行為で作成したビラは、実際は一枚からなるものであって、控訴人の課長職、支所長職、待遇職宛の「秋田農協労への加入について」と題し、本文中には「『大会での付議の結果は、大型農協の課長、支所長職と言えども自主的に活動する意思のある場合は組合員とする』ことに決まりました。私は、農協労に加入してより前向きに農業、農協の発展についても学習、活動したいと考えます。」、「つきましては、多数の参加で進めたいので、加入希望の場合は一二月三〇日(五六年一月一日で加入申込み予定)までにご連絡下さるようにお願いします。」などと記載のあるもの(約一〇枚、コピーした)、第二次行為で作成配布したものも、前同様一枚からなるビラであって、前同の者ら宛の「農協労加入よびかけについて」と題し、本文には「さきに農協労加入についてよびかけをしておりましたが、期日までに、参加申しこみがありませんでしたので、とりあえず、私だけが、八一年一月一日をもって参加申し込みをすることにしました。つきましては、後日の皆様方のご参加を希望しますので、よろしく前向きの検討をお願いします。」との記載あるものであったこと(約一〇枚コピーした。)、その交付方法は課長らに手渡したものでなく、課長らの不在中に机上に置いたものであること、被控訴人は従前の例にしたがい一枚につき一〇円の使用料を支払っていること、以上の各事実が認められる。

三  控訴人は、被控訴人の第一次、第二次行為につき、(一)被控訴人が総務課長の職にあり、その職務内容と実際に担当している業務内容に照らすと、控訴人の総務課長は、使用者である控訴人の立場に立って、労使関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、その職務上の義務と責任とが、農協労の組合員としての誠意と責任とに直接抵触する監督的地位にある労働者であって、いわゆる使用者の利益代表者であるから、組合活動をなし得ないにもかかわらず、これを行なったこと、(二)被控訴人が総務課長職に就くことについては、納得の上受諾し、前任者との事務引継ぎなどもなし、農協労に対し脱退届をも提出して職務に専念していたものであって、被控訴人の第一次行為は、控訴人との関係において著しく信義に反するものであり、これを放置するにおいては、職場秩序が乱れることとなるので、本件指示は正当であって、被控訴人はこれに従うべき義務がある、従って、本件指示に反して行った第二次行為は、就業規則五五条一項三号の正当な理由なく上長の指示に従わなかった場合に該る、と主張するので以下判断する。

1  まず、被控訴人の第一次、第二次行為が、組合活動すなわち労働組合の行為として行なわれたか否かを検討する。

農協労の組合員たる地位を取得するには、農協労に加入を望む者において、農協労に加入申込みをし、これが農協労によって承認されたとき組合員となるものであることは、弁論の全趣旨ならびに原審における被控訴人本人尋問の結果により認められるところである。

そして、被控訴人が、昭和五五年七月一日控訴人の総務課長に就任した後の同年同月三一日、農協労に脱退届を提出して脱退し(その承認は同年八月二八日であることは前認定のとおり)、同五六年二月四日再加入して組合員となるまでの間は、非組合員であったことは、前記のとおり当事者間に争いがない。

そして、被控訴人の前認定の農協労組合員としての経歴、配布した前認定のビラの記載内容等に照らすと、被控訴人は、農協労の組合員資格の制限が緩和されたとし、課長職らが農協労に加入すれば、これによって、農協労の組織が強化されるものと考えて、本件第一次、第二次行為に及んだことが認められる(右各行為については、労働組合である農協労の活動として行ったと認めるに足る証拠はない。)。

そうすると、被控訴人の本件第一次、第二次行為が、被控訴人が農協労の非組合員たる時期に、被控訴人個人の独自の判断により農協労の組織強化に資すると考えて行われた職務外の行為であるところから控訴人の施設、器具を用いて行った点の当否のほか、被控訴人が右各行為の当時、控訴人の課長職の地位にあるため、これが労組法二条但書一号にいわゆる「利益代表者」に該るかどうか、該るとした場合、右行為が直ちに控訴人に対する背信行為に該るかどうかがさらに検討されなければならない。

2  職務外の目的で控訴人の施設、器具を使用し、勤務時間中に職務外の行為を行った旨の控訴人の主張事実について

勤務時間中に職務外の目的で控訴人の設備、器具を使用するには、控訴人の許可を要することは、云うまでもないことであって、(証拠略)によれば、控訴人の就業規則第一九条にも「許可なく職務外の目的で農協の設備、車輌、器具等を使用しないこと。」と定められていることが認められる。

そして、当審証人佐藤巌雄の証言によれば、被控訴人が農協労の組合員で、かつ、分会長であった昭和五四年夏ごろ、組合活動として、無断でコピーを使用したため、当時控訴人の組合長であった佐藤巌雄が、これに注意し、その直後ごろ、控訴人において、農協労に対し、口頭で組合活動のためのコピー機の使用を禁止する旨通告したことが認められる。しかしながら、当審における被控訴人本人尋問の結果、これにより各成立の認められる(証拠略)によれば、右コピー機使用禁止は争議中になされたものであり、その後は農協労はコピーを使用し、まとめて年一回その使用料を支払っていることが認められるから、平常時に費用を支弁してコピー機を使用することは、事実上黙認されていたことが認められる。本件は、職務外の行為ではあるが、第一次、第二次行為において、被控訴人は、本件ビラ作成につき従前の例にしたがって使用料を支払っていること、ビラの作成、配布自体によって、控訴人の業務の運営、企業秩序になんらかの支障を生じたとは認めがたく、特に第二次行為においては慣行上勤務を要しない時間帯に行われたことに徴すると、被控訴人の行った第一次、第二次行為のうち職務外の目的で控訴人の設備、器具を使用した点は、右就業規則に違反したとは認めがたいし、仮に同違反に該当し、第一次行為に対する本件指示が正当であるにしても、これに違反してした第二次行為の違反の程度は、被控訴人の職制上の前示地位を考慮に容れてもそれ程強いものとは解されない。

第二次行為のうちビラを配布した部分は、配布した数、方法、時間帯、配布先等からみて後記背信性の問題を除けば、とりたてて咎むべき事由はない。

そうすると、被控訴人が、本件指示に反して控訴人の施設器具を許可なく使用した第二次行為の違反の程度は軽度のものというべきである(背信性の点は、後記のとおり)。

3  背信性について

(一)  控訴人の総務課長職の職制規定上の地位、職務権限及び実際上の地位、実際上の担当業務の内容は、原判決一七枚目表四行目から同二三枚目表一〇行目までと同一であるからこれを引用する(ただし、原判決一七枚目表七行目から一〇行目を(証拠略)と改める。同一八枚目表一一行目に「なかった。」とある次に「しかし、課長会議、月例検討会、企画会議、農協労との団体交渉において、総務課長は、課長職の中では最上席に坐ることが慣例であった。」を加える。同二〇枚目表一行目の次に「右職制規定にもかかわらず、総務課長は、農協労との間のいわゆる三六協定、職員の退休職、配置異動に関する辞令、助成金や各種手当の支給、倉庫増築の設計管理委任契約書及び右契約に基づく代金の支払い、理事会の開催通知ならびにその議案など、控訴人の重要関係書類を起案している。殊に人事に関し、被控訴人が自分自身に科された本件出勤停止処分について、農協労から処分該当事由の説明を求める旨の書面を自ら閲覧している。」を加える。同二一枚目表四行目から七行目にかけて「しかしながら……だけであった。」とあるのを「また、労働争議に際しては、総務課長は、人員の配置、支所長に対する取扱い指示及び命令、次回団体交渉の日程、争議が長期にわたる場合には、理事会の召集通知の起案をするなど、争議対策にかかわる事項についても関与していた。」を加える。)。

(二)  控訴人の総務課長職の右認定の地位、職務権限、実際上の地位、実際担当の業務内容に照らすと、被控訴人は、使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の業務と責任とが、当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接抵触する監督的地位にある労働者(利益代表者)に該るというべきである。

(三)  ところで、当事者間に争いのない請求の原因2(一)の事実ならびに(証拠略)、原審、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、農協労と控訴人とは、秋田県地方労働委員会昭和五一年(不)第三号男鹿市農業協同組合不当労働行為救済申立事件につき、昭和五一年一一月一七日「農協(控訴人)における現機構下での非組合員の範囲は次のとおりとする。参事、部長、課長、支所長 ただし、昭和五一年一二月以降、事業所長ならびに総務課長補佐の職が設けられた場合には、非組合員に含めること。」など五項目につき和解をなし、右各和解事項を書面に作成し、農協労代表者及び被控訴人代表者が各記名押印した和解協定書が存したが、農協労は、昭和五四年一一月一五日控訴人到達の書面で、右和解協定書の前記部分を解約する旨通知し、同五五年二月一三日をもって九〇日間を経過したこと、また、農協労においては、古くから組合規約において「第五条 この組合の組合員は農協従業員及び中央執行委員会が認めたものをもって構成する。但し、次のものは除く。1労働組合法第二条但書第一号に該当するもの。……」と定めていたが、これが改められ、昭和五五年一一月二一日(施行)からは、右第五条但書の1が削除されたことが認められる。しかしながら右和解協定書の解約、農協労の組合規約の前記改訂にもかかわらず、控訴人の総務課長が、労組法二条但書一号に該当するものに該ることは何ら変更を受けるものではない。

労組法二条但書一号が利益代表者を掲げる趣旨は、労働組合の自主性の確保を図ることを目的としたものであるが、他方において、これらの者が労働組合に加入した場合には使用者の側における職務と責任と、組合員としての誠意と責任が牴触し、公正、明朗な労使慣行、人間関係が損われ、ひいては健全な労使関係の発展を阻害するおそれがあることを慮ったものと解される。

使用者の利益代表者である者が、組合員となり、殊に労働争議時に、職務上知り得た機密事項を漏示したり、漏示しないまでも、知り得た事実を基礎にして組合意思の形式を図って、使用者と対抗することがあったとすれば、組合においてはその自主性を損うことがないとしても、当該組合員は、使用者に対する関係においては職務上の義務違背を免れないのである。

いずれにしても、利益代表者が組合員となり、組合活動を行うことが、好ましいことではない。

(四)  しかしながら、被控訴人の第一次、第二次行為は、二に記載のとおり、非組合員たる時期に、自分が農協労に加入する考えであること、他の課長職等においても農協労に加入するよう勧誘する文言の記載あるビラを作成、配布したものではあるが、第二次行為におけるビラの内容は、前示のとおり、組合加入を呼びかけたというより、むしろ第一次行為の結果報告的なものである上、いまだ農協労加入前のものであり、前項指摘のような職務上の秘密の漏示等の職務上の義務違背もなく、将来、被控訴人が農協労に加入したとすれば、そのおそれがあるというにすぎない段階にあったこと、被控訴人が総務課長に発令された経緯(後記の引用部分)を総合すると、本件第一次、第二次行為が控訴人の総務課長としての適性の有無の問題とはなりうるが、出勤停止処分に付するほどの背信性があるものとは認めがたい。

被控訴人が、控訴人の総務課長に発令された経緯、第一次、第二次行為に及んだ経緯は、原判決二六枚目裏一行目から同二九枚目裏五行目までと同一であるからこれを引用する(ただし、同二六枚目裏一行目から四行目までを「以上の争いのない事実に、(証拠略)を総合すると次の事実を認めることができる。」と改める。同二八枚目裏一行目から八行目までを「一一月二一日農協労大会が開かれ、組合員の範囲を定めた組合規約が前認定のように改められた。」と改める。同二九枚目裏一行目に「課長も組合員となれるように」とあるのを「前記のように」と改める。)。

4  (証拠略)によれば、控訴人の就業規則においては、教戒(始末書)、減給、出勤停止、解職の四種の懲戒を定めていることが認められる。

被控訴人の第二次行為のうち外形的部分は2記載のとおり指示違反の程度が軽く、背信性については、3(四)記載のとおり、これを認めがたいこと、他方、本件出勤停止処分が、一か月の三分の一に及ぶ賃金を失なわせるに至るものであること、被控訴人が本件第一次、第二次行為当時農協労に加入していなかったにかかわらず「自から農協労に加入し(た)」として行ったものであること等の事実に徴すると、控訴人のなした本件出勤停止処分は、社会通念に照らして合理性を欠き、裁量の範囲を超えてなされたものとして無効である、というべきである。

四  本件出勤停止処分の無効確認を求める訴の利益及び未払賃金請求について

この点に関する当裁判所の認定判断は、原判決三〇枚目表六行目から同三一枚目表五行目までに説示されているところと同一であるからこれを引用する。

五  慰藉料について

本件出勤停止処分が、前記のとおり裁量の範囲を逸脱してなされたものであって無効であるところ、以上認定の事実に徴すると、被控訴人が右処分により精神的苦痛を蒙ったことが認められるが、右処分の無効の確認及び出勤停止期間中の給料の支払を受けることにより、十分に慰藉されうるものと認めるを相当とする。

よって、右慰藉料請求は失当である。

六  以上によれば、被控訴人の本訴請求は、本件出勤停止処分の無効確認及びその間の未払賃金五万五三一〇円ならびにこれに対する賃金支払期日の翌日で、かつ、右処分のなされた日の後である昭和五六年三月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

七  よって、これと結論を異にする原判決は一部不当であり、本件控訴は一部理由があるから民事訴訟法三八六条により原判決を右趣旨に変更し、訴訟費用の負担について同法九六条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤貞二 裁判官 田口祐三 裁判官 飯田敏彦)

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